昭和の風林史(昭和五七年八月十日掲載分)

2018年08月31日

買ってとれない相場に

いまの相場は解け合い疲れというものがでているみたいだ。高値は買い玉利食いを。

小豆相場を強気する人はあくまでも迷いがない。

しかし、信ずる者は強しというけれども、よほど作柄に異変がない限り先限の三万二千円あたりまでしか強気でも考えていないようだ。

弱気の方も、いますぐ崩れてゆくとは思っていない。

下げるための要因をつくっている段階とみている。

商いは手口をみても細々たるもので力が入らないのがわかる。

よく産地農家の手取りを基準にして、逆算した相場値段を強弱の柱にしたり、種にする見方をふり回す人もいる。

これなどナンセンスだと思う。

相場がコスト採算でわかるのなら苦労せん。

相場は人気であり、日柄である。

その上に理外の理という摩訶不思議がかぶさる。

いまの小豆の人気はご覧の通り限られた人による小すくいで、強気にも、弱気にも決め手になるものがない。

日柄は七月19日安値から反発してまだ浅いといえば浅い。

しかし、だから上にゆけるとはいえない。

若くして一生を終わるという相場だってある。

下げるのはお盆が過ぎてからになるだろう。

目先買われたところは買玉を逃げておいた方がよいと思う。

去年も、一昨年も、その前も八月天井だった。

要するに解け合い疲れというものがでている。

●編集部註
 筆致は、もうパーティー終わったみんな帰ろう、と言わんばかりである。
 パラジウムの時もそうであった。異常な相場が終わったあと、その反動ともいえるちょっとした狂騒があり、その後は静かになる。後夜祭の終わった夕方の校庭のように。
 こちらは、既にその後の相場が、ここでの警告通りの展開になるのは知っているのだが、当時の風林火山は、この時の戦場の〝におい〟から何となく察したのではないかと思っている。
 相場自体はリアリズムな世界だが、そのリアルを生き抜く上で、センチメンタリズムは一つのヒントになるのではないか。
 戦場の〝におい〟については、文禄・慶長の役、関ヶ原で奮戦すした武将、島津義弘を主人公にした池宮彰一郎の長編時代小説「島津奔る」に詳しい。
 この作品、後に盗作騒動が持ち上がり絶版・回収となったが、問題の箇所を除いても、大河ドラマの原作になってもおかしくない傑作であった。